私は現在、シンガポールで産婦人科医として診療にあたっています。(Tさん・医師)
私は現在、シンガポールで産婦人科医として診療にあたっています。日本を外から眺めてみると、日本にいたのではなかなか気づきにくい、日本の医療の奇妙さ、日本国民の認識の甘さというものがよく分かります。今回、公開シンポジウムが開催されることを知り、是非一言意見を述べさせていただきたいと思い、応募いたしました。
今まで、私たち産婦人科医は、新しい命の誕生に、誠心誠意寄り添い努力して来ました。その結果、日本は先進諸国の中でも、トップクラスの周産期死亡率を誇るようになりました。それでも、中には救えない命もあります。お産は決して安全なものではありません。お産が夜間や休日に行われると、さらに危険度は上昇します。マンパワーの不足や院内システムの稼動環境のため、どうしても平日の昼間に比べて、緊急時の対応が遅れがちになるからです。現代の医学を用いれば、計画分娩により分娩時間をコントロールすることなど安全かつ簡単にできます。なのになぜ日本の皆さんは、自然陣痛にこだわり、わざわざ危険をおかすのでしょうか?
以前、女医のコミュニティサイトで「計画分娩についてどう思うか?」という問いかけをしたことがあります。医学知識があるはずの医師集団でさえ、「躊躇する」という意見がかなりありました。それは、いわば「自然の摂理に従わないことに対する、得体の知れない不安や恐怖」からくるものだと私は思います。中には、産婦人科医であっても「計画分娩の実際のノウハウを知らないので、やりたくない」という意見もありました。それでは、得体の知れない不安を取り除くために、妊婦やその家族に十分説明し理解してもらい、医師側も安全に計画分娩をとりおこなうための知識と技術を身につければ、平日昼間のもっとも安全な時間帯に、家族に見守られ安心してお産することができるのではないでしょうか?自然の摂理に従ったがために起こってしまう、非常に残念な周産期死亡を防げるのではないでしょうか?
近年分娩を取りやめる施設が相次いでいる大きな原因として、厳しい労働条件と訴訟のリスクがあげられると思います。夜間の分娩がなければ、産婦人科医の過労は激減します。私自身、日本で診療していたときには、夜中の2時3時に病院からお産ですよと呼ばれることが頻回にありました。病院に向かう車でつい居眠りしそうになって「いつか私はガードレールに突っ込んで死ぬに違いない」と思ったものでした。一晩に3件も4件もお産があって、一睡もできなかった夜もあります。そんなときも翌朝からは通常勤務で、外来や手術をこなさないといけません。これは、特別なケースではなく、病院に勤務する一般的な産婦人科医の日常です。幸い、何の医療事故も起こさず、過ごしてきましたが、それは単にラッキーだっただけではないかと思います。
多くの施設が分娩から手を引いているのは、「産婦人科医の数」が減少しているからだけではなく、「産科を扱う産婦人科医の数」が減少しているからです。もし、日本で計画分娩が一般に浸透し、標準的な分娩方法となれば、分娩を再開する施設も増え、分娩自体も今よりずっと安全になると思います。日本の国民の皆さんも、そろそろ「自然の摂理」の呪縛から逃れるときではないでしょうか?
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