「安全・安心な医療」などこの世に存在しないことを理解するべきである。(Hさん・医師)
まずそもそも「安全・安心な医療」などこの世に存在しないことを理解するべきである。我々が目指せるのは「より安心でより安全な医療」の提供体制なのだ。
その目標を大きく阻害する要因が三つ存在していることを理解すべきである。
まず一つは医療従事者の絶対数不足である。少ない人員で多忙の中仕事をすればミスは非常に起こりやすい。労働環境が悪化し過重労働となれば注意力が散漫となり事故は多発する。ミスをなくすようチェック体制を組もうにも人がいなければ組めない上、チェックも散漫となってしまう。ミスを多発させる決定的要因はここにある。
次に低医療費政策である。ミスをなくすにはシステム改善が必要である。人的システム変更についてはコストがかからないが、教育にはコストが必要である。が、最もミスを減らすのは機器の導入である。できるだけ人の手が入らず、機器が機械的に作業を行なうことにより、ミスを減らすことが可能で、チェックのためにバーコードなどの機器を導入することも有用である。ところが日本の医療機関はすでに疲弊しきっている。設備投資に回す余剰資金などほとんどない。これだけの医療を提供しつつも諸外国ではあり得ない低医療費で医療を行なっているのだから当然である。もちろん解決策は診療報酬を増やし、ミスを起こさないための対策を医療機関がとれるようにすることである。誰もミスはしたくない。医療機関もミスをすれば致命的なダメージを受ける。それでも改善しろと言われれば、疲弊した医療機関は「どうすればいいんだ」と途方に暮れるしかない。
最後に重大な阻害要因は過失に刑事責任を問うこの国の姿勢である。少しまじめに過失事故を勉強すれば過失に刑事責任を問うことのナンセンスさを理解できるはずである。刑法は犯罪を抑止するために存在している。しかしこれは故意に行なわれる犯罪には有効だが過失には全く抑止効果がない。現に交通事故は減少しないが、これは事故に安全運転義務違反という意味不明の烙印を押して業務上過失罪で終結させるからである。つまり事故原因が究明されていないのが最大の問題なのだ。飲酒運転に厳罰を科した結果事故は減少した。これが有効であったのは飲酒運転が意識的に避けることが可能な違反であることと、原因と結果が一致したからである。責任を誰かに押しつけたくなる心情は理解できるが、それではいつまで経っても再発防止にも真相究明にもつながらない。裁かれるとわかっていれば誰も真実は語らない、憲法でも不利な供述は強要できないことになっている。何も医療だけ過失を刑事免責しろといっているのではなく、過失罪全般を廃止すべきだという話である。被害者の処罰感情は民事で解決すべきであるし、再発防止に必要なら行政処分も運用してよい。しかし刑事処分は過失には全く相容れない。国民が同意しないという意見が聞かれるが、国がこの問題を国民に問うたことが一度でもあっただろうか?国民は情報を与えられず、その議論の意義も知らないのである。国会議員がそれと同レベルで議論してどうなることだろう。きちんと意義を理解し議論することが大切である。
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