医師の無謬性が一人歩きし、臨床医学の依って立つ基盤が揺らいでいる(匿名希望・医師)
小生は地方の自治体病院に長く勤務する産科医です。年齢から病院では管理職として勤めていますが、産科医療の困難さに加えて、内科や脳外科の診療縮小など、病院全体の衰退に心を痛めております。小生にとっての医療崩壊とは、一つには産科医として、大野事件に代表されるような「医師の無謬性が一人歩きし、臨床医学の依って立つ基盤が揺らいでいること」であります。以前に舛添大臣にお送りしたメールにも書きましたが、毋児のトラブルに際して司法から断罪される産科処置の多くは、小生達が産科医としてスタートした頃から教え込まれた毋児管理に関する基本事項に類するものが多いのです。『自然な経膣分娩を目指し、異常が明確になった場合には手術処置等で介入する』というあたりまえの産科学の基本が揺らいでいるのです。大野病院事件のように、悪かった結果だけを取上げて、そこに至った産科医の判断結果を断罪する一方で、異常産と正常産がさもきちんと分離できる前提のもとで、助産所分娩を礼讃し、嘱託医を押し付ける、という司法や厚労省の方向性は、小生に産科医として続けていく希望を失わせるに十分です。30年近く産科医を行ってきた小生のような年代のものは、可能ならば早く一線を退きたいと考えていると思います。小生がなぜ辞めないのか?と問われれば、今診ている妊婦さんや婦人科患者さんを紹介できる病院が周りにないからです。近隣の産科施設は1年前にすでに撤退しました。
小生にとってもう一つの困難さは自治体病院が長年有してきた非効率性、非採算性と、それが今も自治体の先送り体質の中で改善される気配が見えないことです。国鉄分割民営化を内部から記した『未完の国鉄改革』には以下の文章があります。
『経営改善計画は単なる弥縫策であり、1~2年のうちに必ず失敗することがわかっていた。戦力の逐次投入は最悪の戦術とされるが、施策の逐次投入・逐次後退というこれまでのやり方を繰り返した後で行きつく先は悲惨なものであることをみな感知していた。・・後のない計画とされる経営改善計画がボロを出すのは長く見ても2年後であり、次に来るのはどんなものか見当がつかなかったが、できないことをできると言わされ、その代償をプライドの喪失という形で支払わされるのは嫌だと若い人達は感じていた。・・・議論のスタートは、さまざまな現実的制約を取り除き、事実を直視し、経済的合理性を貫徹することから始めねばならない。・・・通常、組織、特に官僚組織の行動原理は継続性を重んじ、無謬性にこだわり続ける。これまでの自己を否定し、非連続的な刷新をすることはまずない。したがって、問題はつねに不徹底、不十分に終わり、一部は先送りされる。・・』
この文章の意味合いはそのまま現在の自治体病院からの医師逃散現象に通じるものと思えます。全国自治体病院の多くで、医師は救急業務、時間外労働などの『できないことをできると言わされ』てきた現実があり、さらにその代償は報酬対価というよりは、日常診療のなかでのクレーム、訴訟といった『プライドの喪失』という形で支払わされてきました。結果として医師の多くが『それを支払わされるのは嫌だ』と感じ始めたのが現在の地方自治体病院の医師不足を招いています。な地方自治体病院の医師不足問題は単なる労働条件の問題でも報酬の問題でもなく、自治体病院そのものが拠って立つ行政機構そのものの問題であります。早急に、現実的制約を取り除き、事実を直視し、経済的合理性を貫徹しなければならないと思います。そうしなければ誰も責任を取らない狭間で現場の医師やコメディカルの討死(逃散)は止まないと思います。
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