医療議連に寄せられたご意見

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厚労省3次試案について私見を述べます。(匿名希望・医師)

厚労省3次試案について私見を述べます。

私は、日々是よろずER診療というブログを書いています。ある地方の救急医です。
このブログの随所で、医療の不確実性について、ことあるごとに強調しています。 医療は、不確実とともに限界があるのです。 なぜなら、人の生死は、人為ではどうすることも出来ないからです。昭和時代の偉大な漫画家 手塚治虫も、名作 ブラックジャックの中で、こんな一説を残しています。
「人間が生きものの生き死にを自由にしようなんておこがましいとは思わんかね・・・ 」
報道から私達につたわる状況はどうでしょう? 「死んだら、だれのせい?」という報道が多すぎませんか? 私はそう感じています。 この3次試案の理念も、所詮はその延長上にあるようです。 なぜなら、医療者の処罰に対しては、まったく法的効力をなしていない制度設計だからです。つまり、口約束です。もちろん、実際の現場では、自分やご家族の生死に関し、達観しておられ、自分の人生のお手本にさせていただきたくなるようなすばらしい方々とも出会います。こういう方々は、あまり報道では強調されませんが・・・・。 人のもつ、潜在的な死に対す不安や防衛が個々の人々の心の中にあるからこそ、「死」の事例に対して、人の心が動くのでしょう。これは、社会的なマスで見れば、「死」の報道のニーズ(=知る権利?)へつながり、ニーズがあるからこそ、その方面の報道が活発になるという理屈になります。そして、報道が活発になれば、そのメディア効果により、多くの人の心に、いつの間にか「死はだれかのせい」という感覚が刷り込まれていくのではないのでしょうか? 今の社会にはそういう循環による個人の心の形成がなされていると思います。つまり、医療という観点からみれば、これは、メディア報道の弊害だと私は考えます。

さて、このような社会背景を鑑みて、この3次試案は、適切でしょうか?

私は、不適切だと判断します。

医療機関、医療関係者を処罰でコントロールしようというという視点が大きすぎるからです。つまり、厚労省の役人の心も、今の社会事情に影響を受けているということに他ならないのでしょう。

だからといって、個人個人の死生観を変えろと国が強制するわけにはいきません。一人ひとりの心の問題は、社会システムで統制というより、哲学や宗教の助けを借りて、個人個人で深めて熟成させていくしかないでしょう。

では、私は、一地方の医療者として、この3次試案に関し、何を要望するか? 二つあります。

一つ目です。
刑事抑制の内容をきっちりと法文化してほしい。

二つ目です。
届出の基準が、これでは使えないので、変更してほしい。

これから、二つ目の要望について述べます。

3次試案P4の届出のアルゴリズムは、判断の分岐基準が、あいまいです。 元々、医療の不確実性という観点にたてば、こんな基準では使い物にならないというのは、明白です。こんなんで運用されたら、現場は混乱のきわみとなります。 

何が重要か? 
届出に際し、医療者側と遺族側の間で、どれだけの納得が形成されているか

これに尽きます。ならば、これを中心に基準を作ればいいわけです。 遺族の気持ちは、二転三転することは十分に置きえますから、そのことも想定において、私は、こんな届出基準の試案を作ってみました。こちらにアップしてみました。
http://sakura.canvas.ne.jp/spr/space_yhnt/others/fig3.jpg
いかがでしょうか? 届出基準の参考になればと思います。

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