医療事故調査制度について、病理医として考えを申し上げたい(匿名希望・医師)
議員の先生方、はじめまして。私は医師になってまる4年、専門に入ってまる2年になる病理医の卵です。病理というのは、患者さんの病気の部分の細胞を見て、その病気が何なのかについての最終診断を下す分野にあたります。
先生方もご存じの医療事故調査制度について、制度の是非については私は敢えて触れず、実働部隊となる病理医として考えを申し上げたいと思います。
この制度について、厚労省は取り扱い数を年間2000例程度と大風呂敷を広げています(4/3報道より)。この制度は平成17年から試行されているモデル事業をベースにしているため、まず解剖ありきの制度となることが予想されます(4/3試案P3参照)。
モデル事業では(病理学会内部情報で)最終報告まで平均8か月を要しているといわれています。一体何回の話し合いが行われているのでしょうか。どれほどの時間を1件当たりに要しているのでしょうか。病理学会は1つの剖検あたり症例検討会まで含めて12時間という数字を呈示していますが(日本病理学会HP参照)、モデル事業においてはそれ以上の時間を要しているであろうことは容易に想像可能です。
病理学会認定の専門医は現在2000人弱しかおらず、しかもその平均年齢は50歳台と高齢化が進行しています。さらにその中には日常は研究を主体とする病理医が相当数含まれています。このため調査チームとして解剖を行う、実働部隊となる病理医は半数ほどに目減りするでしょう。
医療現場における病理医の業務は病理診断です。半数に満たないとはいえ、第一線で業務を行っている「若手」病理医が調査制度に取られてしまった場合、日常行われている病理診断業務が崩壊することになるでしょう。現状でやっとこなしている業務を、退役寸前の老病理医と新兵たる非専門医だけでこなせるとは思えないからです。
日本人の三大死因のうち、脳血管障害と心疾患については病理医は直接的に関与することはありません。しかし悪性新生物については話が大きく異なってきます。例えば肺癌は大きく4つの種類に分けられますが、悪性度の高い小細胞癌は治療が異なります。その鑑別をするのが病理医の役割であり、組織型の決定がなされないと治療は開始できないのです。また、病理医は検診で採取された胃や大腸の生検から悪性腫瘍=癌を拾い上げる役割も持っています。日本の内視鏡技術は世界に冠たるものがありますが、内視鏡だけでは確定診断は下せず、現行のガイドラインでは治療を行えません。
病理診断が崩壊した場合、日本の医療は底が抜けた状態になるでしょう。外科や内科が医療の大黒柱だとすれば、病理や放射線科は基礎の土台に当たります。その医療の土台を支えている分野が崩壊するのですから。私と同じ病理医で、かつ作家の海堂尊氏が調査制度開始に当たりAi(autopsy imaging)の有効活用を積極的に唱えておられるのはこの背景ゆえです。私は彼の意見や考えにかならずしも全て同意するわけではありませんが、それでも彼がこの意見を出す理由はよくわかります。
何らかの形で調査制度は必要です。現状の形ではいたずらに医療従事者を追いつめるだけの代物にしかならないため改善せねばなりませんが、制度自体は絶対に必要です。しかし、たとえ死因をはっきりさせるためとはいえ、解剖ありきの現システム構築では病理崩壊とともに日本の医療、特に腫瘍に関係した医療は確実に壊滅します。
私はこれに替わる対案を呈示する能力を有していません。その点は口惜しいですが、せめて問題提起だけでもさせていただきたく思います。
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