看取りの質と、医師のQOL(Hさん・医師)
(私の状況はあまり一般的ではないとは思いますが、状況は知っていただきたいので意見を書かせていただきます。)
長野県の公立病院で医師をしています。地方公立病院の中では珍しく、生き残りに成功しそうな病院だとは思っています。研修医も比較的多く集まりますし、教育熱心な中堅医師も確保されています。
その中で私は、緩和ケアという仕事を10年ほどやっております。ずっと一人でやってきていますが、日本には私と同様一人で緩和ケアを担っている医師がたくさんいます。年間80人ぐらいの方を看取っており、常に平均3人ぐらいの方が「今亡くなってもおかしくない」という状況でおられ、いつでも呼ばれたら駆けつける態勢を取らなければなりません。他の医師に看取ってもらえばという意見もありますが、看取りの上手下手によってご家族の病院に対する印象は大きく変わります。つまり良い看取りを提供することは、緩和ケアの「高度な専門性」といってもいい部分と自負しています。看取りの質が下がるのを覚悟で当直医などに任せるのは、緩和ケア医として納得がいかないのです。
では緩和ケア医を増やせばいいではないかと考え、そのように病院側にも何度か要望してきました。しかし病院は今、病院として生き残るのに必死なためか、ずっと私の提案をたな晒しにしたり却下し続けてきました。
緩和ケアは何とか回っている、それ以外に充実させたいところがある、という事情はわかります。しかし一人で緩和ケアをしているので、この10年間24時間365日拘束されている状態なのです。夏休みもここ4年ほどは携帯電話の通じる範囲内。年末年始も長くて2日の休みが最長です。3カ月間ビールが一滴も飲めない日が続いたこともあります。ゴールデンウィークからお盆まで一日も休みがなかった年もありました。病院に行かなくても済む日は、平均して1カ月に1日あるかないかです。
平均で1日1回、多い時には10日で30回、時間外に携帯電話が鳴ります。日中は仕事をしているので、携帯が鳴るのはほとんどが夜間です。そしてそのうち3回に1回ぐらいは、診察に行かないといけない状況です。そのような仕事を続けてきて、1年に3回ぐらいは「このままだと死ぬんではないか」と自分の命に不安を覚える体調になります。
家族には本当に申し訳ないと思います。家族で出かけても呼び戻されて休日を台無しにしたことが何回もあり、最近では私を外した家族の予定を立てられるようになってしまいました。こんなことなら結婚すべきではなかったと思うこともあります。淋しいです。収入さえ確保されるなら、何もかも投げ出したくなる時もあります。
厚生労働省は緩和ケアを広めるようにといいますが、あまりにも人手不足です。新しい定義の緩和ケア(病気によって困ったことがあれば対応する)を看取りまで含めてすみずみまで行い、院内の医師にも基本的な緩和ケアを身につけてもらう教育をし、近隣の医療機関のスタッフとネットワークを作り、世間の緩和ケアへの偏見(あそこは死ぬ人がかかるところ)を払拭するための活動をおこない、その上県内外の医療従事者への緩和ケア普及啓発にもかり出されます。
身体にも、時間にも、人間関係にも、気持ちにも、ほとんど余裕がありません。気持ちも身体も「オフ」になれる、「保障された休み」が欲しいです。それがないまま働き続けると、定年退職する前には命が終わってしまうんではないかと不安です。(打開策は、思いつきません。思いつくことはやってきましたが、楽になりません。)
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